2017年9月13日水曜日

顔を踏むな

 相模国の住人である鎌倉景正が、鎌倉方の一将として、奥州清原氏を攻めた時のことです。
 彼はまだ花もつぼみの若武者でした。

 鳥海弥三郎という豪勇の士を相手に戦った彼は、弥三郎を倒したものの相手の強弓に右眼を射貫かれ、そのままの姿で自分の陣営に戻りました。
 景正は「右眼の矢を抜いてもらいたい」と同輩や部下に大声で頼み、その場に倒れるように仰向けになりました。
 矢は兜の鉢付の板まで貫通しています。
 それを見た誰もが、たじろぐばかりでした。
 景正の依頼に応じる者はいそうにありません。
 と、その役を三浦為次が買って出ました。
 彼は、景正とは親しい兄弟分です。

 為次は左手で景正の顔を押さえ、右手で矢を抜こうとしましたが、確りと突き刺さった矢はなかなか抜けそうにありません。
 思い余った為次は、頬当のところを踏んで、両手で抜こうとしました。

 「おのれ! 無礼者っ!」

 景正は叫び、仰向けのまま太刀を抜いて下から為次を突き刺そうとしたのです。
 驚いた為次は飛び退いて、

 「な、何を致すか!」

 と、これまた刀の柄に手をかけました。
 景正は、半身を起こして言いました。

 「弓矢に当たって討ち死にするのは、武士の本懐だ。しかし、生きながら足で顔を踏まれたとあっては恥辱この上なし。末代までの名折れぞ。斯くなる上は、貴公を相手にこの場で斬り死にすることこそ本望」

 景正の武士としての誇りを理解した為次は、

 「然らば、改めて」

 と言うことで、もう一度景正の了解を得て、膝の間に景正の顔を挟むようにして、ようやく矢を抜き取りました。